2019年1月26日土曜日

「あみもの」一首評 投稿:花房香枝 3


簪は綺麗なままの亡骸が梅雨の合間の河岸に上がった

   /他人が見た夢の話『流浪のひと』(『あみもの』 第十三号)






 情報を情報としてではなく情景として描写している歌だ、というのが初読での感想です。


最 近、短歌には大きく分けて「情景を思い浮かべる歌」とも「情緒を思い浮かべる歌」が存在するなと個人的に考えていろんな方の詠まれた歌を読んでいます。そしてこの歌は、前者の「情景を思い浮かべる歌」だなと私は感じました。とても情景が浮かびやすいのです。それがこの歌の良さをより引き立てていると私は考えました。


 まず、この歌には様々なキーワードのような名詞が出てきます。簪、亡骸、梅雨、河岸……。ざっと見てもこれだけある。そしてそれを補足するような言葉運びがこの歌のなかでされている。その点がまずとても巧みです。


「簪は綺麗なままの亡骸が」という上の句はとても読者に情景を想像させやすい言葉運びです。以前も書きましたが、私はやっぱり導入は大切だと常日頃から感じています。それは最初で読者が何かしらの第一印象を持たないと、その先に進まずに読者が素通りしてしまいため読者の目に触れる機会が減り、最終的に作品の魅力を半減させてしまうと考えているからです。
 
 その点を踏まえて考えると私はこの歌の上の句はとてつもなく読者を引きつける引力のようなものがあると感じました。まず読者の前に「簪は綺麗なままの」という情報を提示し、何が?となっているところに「亡骸」というキーワードをごくごく自然に選ぶ。ここがすごい。「亡骸」という言葉のインパクトも勿論大きいのもありますが、はじめは「綺麗なままの簪」にしかフォーカスされていなかった読者のピントが、一気に引きの視点で亡骸全体を読者の思い浮かべる情景に写していくからです。


 そして更にすごいのは、下の句で「梅雨の合間に河岸に上がった」という補足でついているからです。補足、と呼ぶのが憚れるくらい世界観が完成されていて、この下の句を読んだ時にくらくらとしてしまいました。この「梅雨の合間に」で読者は梅雨の時期のじめじめとした空気やつかの間の晴れ間を思い浮かべ、「河岸に上がった」で更にさっきの亡骸がどんなシチュエーションで存在しているのかを思い浮かべることができます。


 最初に私は、情景が情報としてではなく情景として描写されている歌、とこの歌を評しましたが、情報としてではなく情景として描写されているように感じるのは、きっとこの歌の世界観が完成されているからだと思います。


 仮に、作者に見えているであろう風景を読者に説明するなら、「梅雨の合間の河岸に簪だけが綺麗な亡骸が上げられた」でもいいわけですし、それを三十一文字にすることはできるわけです。

 しかし作者はそれをせず、最初に「簪」という全体的に見れば些細なアイテムに読者の目を向けさせた。そして簪から亡骸、亡骸から梅雨の合間の河岸、と徐々に情報を読者に小出しにして情景として与えていく。読者はそれによって、  少しずつこの歌の世界観を情景として受け取り、最後にはこの歌全体の世界観を掴みとれるのだと思います。そして作者がはっきりと世界観を頭の中で描いているからこそ、情報を情報としてではなく情景として与えることができるのだと思いました。


 もしこれがさっき書いたように、「梅雨の合間の河岸に簪だけが綺麗な亡骸が上げられた」という語順や描写で歌となっていたら、この歌の魅力は半減していたと思います。いくら作者の中で完成されている世界観であっても、です。この歌の場合、「梅雨の合間の河岸」というぼんやりとした情景より、「簪」という小さなはっきりとしたアイテムから引きで亡骸が上げられた梅雨の合間の河岸を描写する方が読者にとっては作者の描く世界観に入りやすいからです。はっきりとしたアイテムを導入に持ち込むことでインパクトを与え、そのインパクトに「梅雨の合間の河岸」という情景を付加させることでよりはっきりと歌全体が浮かび上がっているように感じます。


 この歌は小さなものから全体にフォーカスを当てることが効果的な歌ですが、短歌には全体から細かいものにフォーカスしていくのが効果的な歌もあると思います。どうフォーカスすれば効果的に読者の心を掴むことができるのか、私も日々試行錯誤中です。その点を踏まえると、この歌は効果的に視点をフォーカスしていくことで完成された世界観の情報を情景として描写している歌だなと感じました。

 そうして読者は簪はどうして綺麗なままだったのか、と考えてしまったり、梅雨の合間の独特な空気感を思い浮かべたりするのでしょう。そういう点でも読者を引きつけるすごい巧みな歌です。


評:花房香枝(Twitter:@hanabusakae)

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