べけべべん、べけべんべんと怪しげな三線の音、語り部の影
/他人が見た夢の話『流浪のひと』(『あみもの』 第十三号)
どちらが筆名で、どちらがタイトルかわからなくなるような、どこか幻想的な連作。
1首目を中心にして、連作全体の魅力を語りたい。
この連作『流浪のひと』は廓詞風の言葉遣いをベースにしていることから、かつて日本にあった特定の時代を下敷きにしていると思われるが、具体的な時代背景には触れられないまま連作は進む。そのせいか、読中は霞がかかったような不思議な没入感に取り憑かれるのだが、この世界観を作るのはそれほど簡単でないように思う。その鍵となっているのが、この1首目だ。
例えば、2首目から連作がスタートしていたとしたら、どうだろう。
おや、ウチにいちげんさんて珍しいどうぞあにさん、おいでなんしえ
これでも、この連作が何かの物語であることは理解できたかもしれない。ただし、読者の視点はこの主体(おそらく女主人)に引き込まれ、自身が物語の登場人物に入り込んでしまうはずだ。そうなると、すべての歌は読者との距離がより近いものになり、下手をすれば不気味さのほうが際立ってしまう。
ここで1首目が果たす役割は大きい。
べけべべん、べけべんべんと怪しげな三線の音、語り部の影
日本で育った人間であれば「べけべべん、べけべんべん」という擬音語に何らかの楽器を想像するのは難しくないだろう。これが琵琶でも三味線でもなく三線であるところが、物語の背景をなおさら分かりにくくしているというのもにくい。そうやって音にフォーカスさせておいて、結句で一気に「語り部の影」に視線を引っ張る。時代劇のオープニングを彷彿とさせる見事なカメラワーク。これで『物語を聴いている読者』の完成だ。読者は連作の残りを、一段高い視点から眺めることができる。気がつけば、霞の中なのだ。
そうやって連作を楽しんだ最後には、またこの語り部が現れる。
べけべべん、何処(いずこ)へとなく去っていく語り部の背に見る鞘ふたつ
評:若枝あらう(Twitter:@WakaedaArrau)
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