2019年8月8日木曜日
「あみもの」一首評 投稿者:岡桃代
はろばろと広がる湖(うみ)の水面にはボートが一艘ゆめのごとくに
/加藤悠『みずうみ』(『あみもの』第十九号)
この連作を読んで,はじめて「みずうみ」=湖は「水」の「海」なのだと気づいた。水をたっぷりとたたえ,深く眼前に広がるようすを目の当たりにすれば,人の存在などあっという間に飲み込まれてしまうような怖さがある。同じような水の塊であっても,海が「動」であれば湖は「静」のイメージである。 連作10首のうち8首には「みずうみ」という言葉が使われ,あとの2首は湖に「うみ」とルビが振られている。上の1首はその一つである。主体の孤独を映すようなみずうみの深さ,大きさ。追い討ちをかけるように雨が降り,空は晴れる気配もない。その暗くて深い「みずうみ」が少しずつ角度をかえて,描かれている。 鏡面のごときみずうみ広がればすべての翳りを吸い込む水無月 やわらかな雨に煙ったみずうみはモノクロームのなかの静寂 みずからの身の内にあるみずうみがとぷりと揺れる真夜中過ぎに 全体をとおして,みずうみの奥底に沈んでゆくような心象風景が詠まれながら,冒頭に取り上げた1首は水面に浮かぶボートに焦点をあてている。「ゆめのごとく」ではあるけれども,大きくどこまでもひろがってゆくみずうみの景色(「はろばろと」)にあって,それはどこか一つの救いであるような,決して沈んでいくばかりではない未来の予感がある。みずからの孤独を嘆きつつ,苦しみながらも前を向いて一歩一歩を確実に踏み出していく主体の力強さは,この締めくくりの1首にもあらわれている。 傘を捨て昂然と歩く みずうみよ、お前の孤独を静かに思う
評:岡桃代(Twitter:@sacula3201Water)
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